2005年3月


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いつものこと - 2005年03月31日(木)

移ったオフィスは一階(日本でいえば二階)の内側の部屋。
四角い中庭のような空間を取り囲んでいる建物なので、窓はあって光は入ってくるのだけれど、高いところからなので、直射日光というものは入ってこない。
以前のオフィスも建物と建物のコーナーの内側だったので、同じような感じだった。
二年前の猛暑の時には、それが幸いして凌げたのだけれど、暖房が止まる春先には寒いのだ。
今回は、もう一つには向こうの部屋からこっちが見えている(逆もそうだけれど)のが、ちょっと落ちつかない。会議室だから始終人がいるわけではないけれど、上階もあるし。
以前と勝手が違うけれど、やがて慣れるだろう。

オフィスも変わったし、所属もかわったので、少し仕事でも変化。
明日は朝7時前に会社に行って、月次処理の監視。
日本で働いていた時にも、月末月初は休めなかったり、夜中まで月次処理を監視していたりしていた。
今になって、また同じようなこともすることになってしまった。
それも、また以前のように「いつものこと」になるのだろう。


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除雪車 - 2005年03月30日(水)

日曜日に夏時間になって家中の時計を合わせた。
ビデオの時計は、いつも自動的に合わされているので、そのまま放っておいたままなのだけれど、未だに合っていない。
どうなっているんだろう?
車の時計は、自動的に合わされたのかどうか記憶がない。
どちらも、合わされていなかったら手動であわさなければ。

やっぱり、この季節に夏時間が始まると、朝が暗い。
今日はちょっと肌寒いけれど、さすがに厚いコートはいらない。
連翹は真っ盛り。日本の桜に似た花も咲いている。
そこいら中の地面には、小さな花が沢山。

近頃、トラムの路線を回送されているらしい除雪車が通る。
次の冬まで、どこかの基地のの倉庫に眠るのだろう。
今年は結構雪が多かったので、ずいぶん働いたのだろうな。
ご苦労様。


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休暇明け - 2005年03月29日(火)

久しぶりの会社出勤。
休暇中飲み続けていたからなのか、昨夜はお酒を控えめにして眠れなかった。
途切れ途切れに夢を見ながら朝を迎えた。

今日から新しいオフィス。
朝は、積みあがっていたダンボールを開けて、まずは片付けを済ます。
それから溜まったメールを見て返事をしたりしていた。
ふと気付いて、あるシステムのエラーメッセージフォルダーを覗いたら、なんと百数十件のエラーのメールが届いていた!
ちょっと慌てた。
見て行くと、どうも今月に切り換わるサーバーの関係で、今回は無視できそうだった。一安心して、それらを排除して、本来のエラーはいつも程度だった。

他にもいろいろ調べることもあったり、久しぶりに忙しい一日を過ごした。
このくらいの緊張感があったほうがいい。

もう、すっかり春という様子。


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イースターの月曜日 - 2005年03月28日(月)

今日はお店もお休み。
わたしの休暇も今日まで。
家でだただらと過ごしている。
朝食はいつもの献立。ヨーグルト(バナナ入り)、卵料理(スクランブルエッグ、人参、アスパラ入り)、パン、コーヒー、リンゴ、トマト。
昼食はうどん。葱、とろろ昆布、天かす入り。日本から貰った細くてお蕎麦のようなうどんは緑色をしていて不思議。蓬を練りこんでいるのかしら。
翡翠麺といった色合いに茹って、透明な汁の中でなかなかきれい。

午後に散歩。雨上がりで足下はよくない。
今日はいつもの丘の森ではなくて、川のほうの森に行った。
ここには、砕いた木片を敷き詰めた遊歩道があって、ここを歩くと気持のよい森林浴になる。
雨上がりでも、散歩の人、走っている人など、何人もとすれ違う。

夕方、娘が鉢の植え替えをしたあとの、古い土を捨てに丘の森にも出掛けた。
本当は森に捨ててはいけないのかも。こっそりと人目を忍んで捨ててきた。
途中で小雨。

日記を書き終えたら、夕食仕度にかかる。
七面鳥をどうしようか思案中。


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イースター - 2005年03月27日(日)

復活祭の日曜日(Ostersonntag)。
それから、今日から夏時間が始まった。

明け方、ドアの閉まる音で目が覚めて、居間から娘の部屋の方を見たら、どうもまだ起きているようす。
時間は4時前、しかし夏時間が始まったので5時前ということになる。
声をかけて、早く眠るように言う。

9時に起きだして(昨日までの8時)朝食の仕度をする。
娘には声を掛けるだけかけておいて、無理には起さないようにする。
いつもの週末のように、髭抜きをしたり。
昨日、奥さんが今日は温泉に行きたいと行っていたので、昼から行くかどうか訊ねた。煮え切らない返事なので、行くなら昼食後に行こう、と誘った。
娘は留守番、夫婦で行くことになった。

約30分ほどで到着したのは、ドイツの温泉。
昔のローマ浴場の遺跡があるところに、現代的な温泉施設が建っている。
この地方には他にもいくつかの温泉施設がある。
入り口の料金窓口には列ができていた。家族連れなどがやってきている。
暫く待って入場することができた。
サウナ、ローマ・アイリッシュ風呂というのもあって、それは別料金がかかる。
水着で入る温泉プールだけにした。
サウナとローマ・アイリッシュ風呂は、裸で入る混浴なんだよね。

プールの湯温は低い。外の温泉プールはちょっと寒い。
ジェット水流で、ぐるぐる回るお風呂があって、そこで回ってみたり、水流に打たれてみたり。泳いだりしていた。
みんな、きゃぁきゃぁ声を出して喜んでいるので、奥さん曰く、こんな施設で喜んでいるなら日本の温泉に行ったら、みんなもっと喜ぶだろうに。

帰宅して、娘と一緒に夕食のハンバーグを作った。
玉葱、マッシュルーム、白菜のスープ、人参、グリーンアスパラ、サニーレタス、うさぎ菜のサラダ、リンゴ、苺。


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春スキー - 2005年03月26日(土)

Karsamstag(悲しみの土曜日)。

朝は休日にしては少し早めに起きて朝食。
昨日はお店が休みだったので、足りない食材を買いに行き、娘が友人に送る小包を郵便局に出しに行った。
郵便局は十数人の待ち。ようやく順番が来て送ろうとすると、内容物を書くようにとのこと。中身は知らないので適当にCookiesと書いておいた。
帰って訊くと、お皿とかの陶器だったらしい。
税関検査で問題になるのだろうか?

それからスキーに出かける。
アデルボーデンというスキー場まで2時間弱。
11時半からゴンドラに乗ってゲレンデまであがった。
ここは高くても2000メートル程なので、この時期さすがに雪は重い。
昼食をはさんでしばらく滑っていたものの、娘が音をあげて早く帰りたいと言い出した。
重い雪は、ところどころ、こぶのように堆積していて、ターンを繰り返すと膝がつらいのだった。
結局3時過ぎには麓に向ってゆくことになった。
そのために、思いのほか早く家に帰りついたのが5時半。
今日は夕飯を調理したくないので、初めてのことでドイツ語が心配ではあったけれど近所の宅配ピザ屋さんにお持ち帰りで注文をすることにした。
わたしが注文に行って、時間を聞いて帰り、奥さんが取りに行く。
ピザはカプリチョーザ、スパゲティ・ボロネーズ、カラマリ(イカのリング揚げ)。
カプリチョーザのアーティチョクがちょっと塩からかったけれど、味はまずまず。
また今度利用するかも。


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悲しみの金曜日 - 2005年03月25日(金)

Karfreitag(悲しみの金曜日)。
イエスが十字架にかけられた日だそうです。

朝食の後、失ったネックレスを探しに昨日の買い物や郵便局への道順を辿ってみた。
やっぱり、なかった。
ところが、地下のケラーに行ってみたら、なんと発見!
昨夕髪染めの前に、要らない櫛を探しに旅行用品の入っているスーツケースを開けた。その時に、外れて落ちてしまったらしい。
スーツケースに挟まっていた。
あぁ、よかった。
思い入れのあるものなので、ほんとうに嬉しかった。

午後に、散歩に行く。とても暖かい春の一日。
連翹が花開いていて、辛夷の蕾がふくらんでいた。
まだ緑のでない木々の中にも、草は真新しく伸びて、鳥たちはうるさいほどに鳴いていた。
他に音も聞こえてこない。ゆっくりと歩く人たちとすれ違う。
歩き続けていると、少し汗ばんでくる。

夕食、酢豚にした。

明日は、このシーズン最後になるであろうスキーに行って来る。


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緑の木曜日 - 2005年03月24日(木)

今日はGruendonnerstag(緑の木曜日)。
お休みを取っているので関係ないのだけれど、会社は今日は半ドン。
月曜日までイースターの聖日の名前がついています。

義姉たちの泊まった寝具を片付けたり、少し買い物に出たり。
ほぼ一日中家にいて、家事と毎度のことながら髭抜きで過ごす。
夕方は白髪が目立ってきたので髪を染めることにした。
そのままシャワーを浴びてから、いつも身につけているネックレスをつけようとしたら、見つからない。
シャワーも時にはいつも外すので、いつもの置き場所から他まで探したのだけれど。
気づかずにつけたまま外れてしまって、シャワーのときに流れてしまったのか、知らないうちに外れ落ちてしまったのか。
家の中にあるのならいずれ見つかるかもしれないけれど。
いつも身につけていたものがないのは寂しい。
というよりも、どうして失くしたのかわからない自分が情けなくて、悔しい。


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また、いつもの日々に - 2005年03月23日(水)

先日の旅行の様子は、各日付毎に上げました。
よかったら読んでください。
最後は、ちょっと息切れして短いですけど(笑)

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姪と義姉は、時差調節といって徹夜したようだ。
奥さんが途中まで付き合っていた模様。
わたしは、さっさっと眠っていた。

簡単な朝食をとってから、義姉と姪を送ってチューリッヒ空港まで行く。
その後、チューリッヒ市内で用を済ます。
お魚のお店が途中であるので、そこでイカとわかさぎ(?)を買う。
それからCOOPへ。

買い物をして帰宅したら、もう夕方4時。
ずっとできなかった髭抜き。
旅行中剃っていたから、かなり酷い状態だけれど、つまみやすい。

夕食準備、奥さんが豆ご飯を炊くというので、それ以外を作る。
茹で野菜(ブロッコリ、グリーンアスパラ)、わかめスープ、イカの煮つけ、わかさぎ(?)のから揚げ。
魚を揚げる時に娘を呼んで、一緒に台所にいた。
彼女も興味があるだろうし、衣をまぶしながら、ちょっと呼んでみた。
面白いよ、と言ったらさっそくやってきたので、どうやっているのかとか説明したり、ちょっと手伝わせたり。
最初に揚がったのを試食していたら、娘は喜んで沢山食べた。
ついでに味見させたイカもお気に入りの模様。

旅先の料理も美味しかったけれど、和風の味はやっぱり和む。
ダイエットと言って、いつも食べない娘が、沢山食べた。
こうやって食べてもらえると嬉しい。
奥さんの豆ご飯も美味しかった。


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帰宅 - 2005年03月22日(火)

朝の9時半にウィーンを出発して、夜9時半に自宅に到着。
帰る前に夕食を摂ったのをいれて丸半日の旅だった。
ただ座っていただけなのに疲れた。
明日は、義姉と姪は帰国の途につくので空港まで送って行き、ついでにチューリッヒで用を済ます。

旅行の様子は、また後ほど書き記しましょう。


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ブダペスト−ウィーン - 2005年03月21日(月)

ブダペストを出発前に朝市に行く。
広い市場をしばらく歩く。
魚屋さんでは、水槽に鯉やなまずがいた。
美味しそうな燻製のお肉など。

ウィーンには昼頃に到着。
早速ホテルにチェックイン。
繁華街のど真ん中のホテル。
改装工事中で、廊下では今しも天井から配線をしている状態、部屋の窓の外には足場が組んである。
でも文句は言えない。ダブルルーム、トリプルルーム一室づつで朝食付き154ユーロ。
ブダペストのアパートのほうが、風情はあったけど。

聖シュテファン教会、王宮などを巡る。
地下のカタコンベのツァー。
雄弁な案内役の人は、ドイツ語と英語で解説をしてくれた。
生の人骨多々。ひんやりと暗い地下。

夕食後、わたし以外はオペラを見に行った。
わたしは、ひとりでホテルに帰って、シャワーの後飲んだくれて、うたた寝をしていた。


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ブダペスト - 2005年03月20日(日)

朝、義姉は近所で行きたいところがあるといい、姪と娘は近くのノミの市。
奥さんとわたしは、セーチェニ温泉に行った。どれも、みんな近いので終わったら駅で待ち合わせということになった。

セーチェニ温泉は、温泉の中に使ってチェスをしているのが有名なところ。
まずは水着に着替えて、室内の温泉に入る。
プール(浴槽?)三つ、二つは温泉、ひとつは水(冷たい!)と、それほど大きくもない。ここにはチェス盤は見当たらない。
しばらく、そこをうろうろしてから通路を発見。
それは外に通じるところだった。
外の温泉は、三つ。どれもすごく大きい。
しかし、水着で歩くのはとても寒いのだった。
濡れた肌も、髪もすぐに冷たくなってしまう。
でも、確かにチェスをしていました!
泳ぎ専用のプールは、ちょっと水温が低くいけれど、泳ぐにはちょうどいいのかもしれない。幅約50メートルといったところ。
ここでも、かなり日本人を見かけた。

その後、みんなで鎖橋を渡ってマーチャーシュ教会などを見学する。
夜はちょうど何かのフェスティバルで屋台が沢山でていた広場に出かけ、その近くのレストランで。
観光客向けらしくちょっと高かったけれど、味は悪くなかった。

さて、ブダペストの地下鉄の話。
ホテルの近くを通っている路線はハンガリー最古の地下鉄らしい。
地下も浅く、ホームも短い中を小さな3両の列車が走っている。
最近リニューアルしたようで、タイルや木を使った駅舎、列車もかわいい。
でも、問題は券売機。
駅によってはどちらかのホームにしか設置されていなくて、一旦降りたホームから反対まで切符を買いにゆくことになった。
しかも、一度はその券売機が壊れていて一駅歩く羽目になったり。
よくも、誰も文句をいわないもんだ。
そうして、検札の回数の多いこと。この旅行中に数回検札をされている。
こういうところ、さすが元共産圏と納得した次第。

泊ったところはアパートメント。二泊朝食なしで154ユーロ。
部屋は2ベッドルーム(ダブルをわたしたち夫婦、ツインを義姉と姪)、娘はリビングルームにベッド、キッチン付き(でも、ガスレンジがちゃんと動かなかった)。トイレの剥き出しのパイプが、レトロ...
とても広かった。

観光都市なのに、いろんなところが不便、
例えば、漁夫の砦という観光スポットがあって、そこはチケットが必要なのだけれど、いざ行ってみると「チケットは300メートル後ろに売っています」なんて。
そこは確かに通ってきた道筋なのだけれど、どこにも案内を見かけなかった。
戻ってみても、全然目立たない看板さえないところに、ひっそりと売り場があった。

レースや刺繍が綺麗。
繁華街で自分で作ったらしい刺繍の布を女性達が掲げて売っている。
すごく綺麗だったけれど、買っても使わないのでやめた。
同じように、民族衣装も。
民族衣装フェチ(笑)のわたしが着たいと思っても着れない。
娘も、可愛いと言って気に入ったようだけれど、着ないからと、あきらめる。
あー、でもきれいだった。


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ウィーン到着 - 2005年03月19日(土)

昨夜チューリッヒに向う列車の中、4人掛けの三人が空いた席に座ろうと、座っていた人に声をかけると、日本語で「どうぞ」と帰ってきた。
若い白人男性なので驚いた。
すると彼の奥さんが日本人で、彼はチューリッヒで新聞記者をしているとのこと。
暫く色々話しができた。列車の旅は、こういう偶然があるのが面白い。

4人用寝台コンパートメントは、もう一人の席におじさんがいた。
検札で、翌朝の朝食の飲み物を訊かれた。朝食付きなのですね。
その後、係りの人は、パスポートと切符を持って行ってしまった。
ちょっと不安。ちゃんと返してくれるよね?

持参のワインをちびちび飲んでから12時頃に眠りについた。
奥さんと娘はそれぞれ上段、わたしと相部屋のおじさんは下段。
おじさんはアイマスクをして、すぐに寝入った模様。
途中目覚めるとザルツブルグだった。
朝は6時前に目覚めてしまって、それでも毛布にくるまって時間潰し。
朝食が7時頃運ばれてきて、パスポート等は、その後帰って来た。

ウィーンで待ち合わせをしていると、一人の男の人が話しかけてきた。
大きなビール缶を手に持って、どうも酔っているらしい。
ドイツ語で、若いドイツ娘らしい集団を指して、あの魔女共めが、なんとか、なんて言っていたよう。
彼はポーランド人でドイツで働いているとか、日本人とアメリカ人もいるとか、なんとか。
暫く話しをしてから、バイバイって行ってしまった。

荷物をロッカーに預けてから、まずはシェーンブルン宮殿へ。
オーディオガイドを借りて回る。イタリア人の学生らしいガイドツァー団体がいて、狭い部屋では通りぬけるのに邪魔だった。
日本人は、そこかしこに見かけた。

宮殿を離れるときは雨。
濡れながら駅に急いだ。
次は、美術史博物館を目指す。
途中の乗り換えの地下鉄線のホームで待っていたら、ドイツ語と英語の放送がはいって、この路線は現在工事中で動いていあにのでトラムに乗り換えなさい、とのこと。
ホームに残っているのは他の日本人グループだったので、声をかけて脱出する。
博物館のカフェは、塔の高いところから光りの差しこむホールで圧巻だった。
階段から見えるクリムトの壁画、ベラスケス、ブリューゲルの絵が素晴らしかった。

午後に列車に乗ってブダペストに移動。
夕方到着したブダペストでは、何回も今日の宿は決まっているのか、と誘いがかかる。
とりあえずハンガリーの通貨フォリントに少し両替をしに行く。
両替の窓口の前で男の人が、ここはレートが悪いと言っているようだったけれど、当の本人のほうがいかがわしい。
実は、後で銀行で両替してときに、彼の言うことが正しかったと分かった。

ホテルにチェックインしてから、ちょっと外出して夕食。
ホテルのフロントで教えてもらったレストランは、ハンガリー伝統料理の店で、美味しくて安かった。


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出発前 - 2005年03月18日(金)

会社でのオフィスの引っ越しが来週なので、箱詰めや移動する備品(机や椅子、キャビネットなど)にシールを貼ったりの準備を午後から済ました。
あまり使わない書類などは前もって箱詰めしておいたので、スムーズに終わった。
早めに帰宅する。

帰宅してからは、旅行の準備。
シャワーも浴びて用意はできた。
当初の予定では夜行列車が出るチューリッヒに早めに着いて夕食をとろうとしていた。
出発が10時40分なのであまり早くついても時間の潰しようがないし、かといってその時間に会わせると食事が遅くなってしまうし、と結局は家で夕食を食べてから出かけることになった。

夕食までに日記の更新をしている次第。
さて、22日に帰ってくるまでお休みします(今度こそ本当)。


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イースターのお休み - 2005年03月17日(木)

学校は来週から2週間のイースターのお休み。
日本でいえばちょうど春休みといったところ。
明日の夜から、今、東欧あたりを旅行中の義姉と姪と、この土曜日の朝にウィーン駅で待ち合わせをして、ハンガリーのブダペストまで行ってきます。
出発は明日の夜、夜行列車に乗ります。
以前乗ったことのあるパリ行きの夜行では普通の座席でしたが、今回はクシェットという簡易寝台を予約しました。
4人のコンパートメントで、上下二段の寝台が二つある車室です。
横になれるのでちゃんと眠れるかな。家族三人なので、もう一人分の予約が入っていなければ、家族でゆっくりくつろげそうです。
土、日はブダペストに泊って、月曜日はウィーンに泊って22日に帰ってきます。
短い旅行計画なのは、義姉と姪は23日には日本に帰るから。
24日の午後から28日までは会社がお休みになるので、21日から24日午前まで休暇をとったので、わたしも来週いっぱいお休みです。
後半は、三日ほどスキーに行くかもしれません。

明日は、会社から帰ってから、とにかく用意をしてシャワーを浴びて。
日記は書けないかもしれません。時間があれば書きましょう。
でも、それからしばらく、お休みです。


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健康 - 2005年03月16日(水)

最近、どうも気持が上を向かない。
落ちこんでいるわけではないけれど、不安定な感じなのだ。
春に近い気候のせいなのか。

体重は48キロに達した。
帰宅して夕食前の空腹時ではあるけれど。
食欲はあるから、ちゃんと食べる。沢山は食べない。
朝食、スープか味噌汁とほんの少しのご飯、野菜、果物、少しづつ。
昼食、いつものサラダバー、野菜たくさんと少しの肉や魚。
夕食、肉や魚、野菜をバランスよく(野菜は多め)。
飲酒、来客依頼多めになってしまった。

なんだか、気分はちぐはぐ。
健康なのか、どうか。


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夢 - 2005年03月15日(火)

このところおかしな夢をよく見る。
自分で覚えていなくても、うなされているらしい。
今朝も断片的に覚えているのは、どうも楽しくない夢。
断片を拾うと、こんな感じ。

(1)仲間たちといる。無性的な人間で裸でいる。
(2)自分(らしい)は双子で、一人は女の子と認めてもらえるけれど、もう一人は男であることがばれてしまう。
(3)その性別検査。四つんばいにされて前後から股を調べられる。
(4)男とばれた自分は、隔離されてしまう。
(5)男ばかりの合宿所(?)。
(6)野球のような競技をさせられる。ボールが転がって、地下の鍾乳洞のような穴に入り込んでしまい、それを取りに行かされる。
(7)地下には大量のボールが転がっていて、どれが今回のものかわからない。
(8)ずいぶんと昔からのようで、白骨が散らばっている。以前ボールを捜しに着た人のものか。
(9)監督官が、10分だけ休憩をくれるという。昼食は抜き。
(10)要領のいい男の子たちは適当にさぼっている。(なぜかあまり親しくもなかった高校時代の同級生の顔だった)。
(11)10分しかないから焦ってトイレに行くけれど、狭いし便座が汚れていて、気持ち悪い。

と、まぁこんな感じだった。怖くはなかったけれど、どことなく不安な雰囲気だった。

昨夜、久しぶりにマニキュアをしてみた。
殆ど透明なので目立たないけれど、パールが入っているのできらきらと光る。
マニキュアをすると指先の爪と反対側が、なぜかつるつるするような感じがして違和感がある。


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歌 - 2005年03月14日(月)

昨日の江間章子さんの訃報。
「夏の思い出」も「花の街」も好きな歌。
静かに歌って、故人を偲びながら送ろう。
その歌の歌詞の作者としか知らない、その歌に触れただけなのに、訃報にハッとしてしまった。

歌、詩。
こんなにも心に食い込んでくる。
その、ことば。
ないがしろにしてはいけないよね。

無理矢理綴るのは心苦しいのに、毎日の自分の決まりと決めているからには、と、とにかく書く日々も多々あって...
のびやかに発したい、わたしのことば。
反省もいろいろ。


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餃子作り - 2005年03月13日(日)

昨夜は結局7時過ぎに来客は到着。
作り置きのおでん、ひよこまめのカレー、手巻き寿し、豚肉の香草焼き、サラダ。
子供も含めて総勢10人の夕食となった。
ワイン、チュウハイ、日本酒(なんと剣菱を持参してくれた)のチャンポンでいつしか記憶があやふやになってしまった。
今朝、お客さんの小学生の子供に、「お姉さん」と呼びかけられたので、ひょとして「お姉さんと呼びなさい」と言ってしまったのだろうか(笑)。

今朝は8時に起きて朝食の用意。といっても、昨日の残り物がたくさんあるので、パンを切って、ヨーグルト、スクランブルエッグを作っただけ。
中国人の奥さんが、お昼にはみんなで餃子を作ろうかと提案、娘が喜んで一緒に作ることになった。
お昼前に、昨夜一旦帰ったフランスの友人も加わって、制作開始。
小麦粉を練って生地を作り、麺棒で延ばして、皮も手作りをする。
ダイニングテーブルを囲んで皮作り、具の包みこみと、テーブルが小麦粉の打ち粉で真っ白になってしまった。
具をつくるときに、ダイエット中の人がみたら卒倒しそうなほどの油をどぼどぼと入れるのにびっくり。
でも、茹でてできあがった餃子はジューシーで、脂っこさは全然なくて、とても美味しかった。さすが本場中国の作り方!
茹であがる端からみんなどんどん食べたのでした。
わたしは洗い物と雑用担当で、うろうろしてただけ(笑)。

夕方みんな帰っていった途端、とても静かになってしまった。


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来客 - 2005年03月12日(土)

義姉たちは早朝4時過ぎにドレスデンへと旅立っていった。
チェコなどをまわるらしい。
今度の土曜日の朝に、わたしたちはウィーンで待ち合わせをすることになっている。それからは一緒にブダペストへ旅行をする。

今晩は別の来客。去年お邪魔したリヒテンシュタイン近くに住んでいる家族がやってくる。それから、フランスに住んでいる麻雀友達(?)の家族。
そもそもは、今日の来客はそのフランスの家族の友人なのだけれど、奥さんが中国籍なので、スイス国内の移動は問題ないのだけれど、フランスに国境を越えるにはビザが必要らしくて、うちに泊ることになった。
わたしたちは自由に行き来をしているけれど、国籍によってはいろいろ不自由がある。


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女の子 - 2005年03月11日(金)

湯川潮音のCD2枚をAmazonで注文して、義姉に持ってきてもらった。
ファーストアルバムを聴いたときの衝撃はなかったけれど、ゆっくりと聴きこんでいると、やっぱりこの人の声は好き。
最初のアルバムの研ぎ澄まされたような声は、この2枚のアルバムでは少し柔らかい感じになって、どちらにしても光の中で漂っているような気分。
こんな感じの女の子になりたかった、かな。

近所の子供服のお店がリニューアルオープンした。
元はごちゃごちゃした店内の印象だったけれど、今度は明るくて広々としている。
ピンクやパステルカラーのかわいい服が並んでいる。
娘の小さい頃だったら買いたいと思うようなのがいっぱい。
実は、自分が欲しかっただけなのかな。

女の子に生れていたらよかったのに。


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2フラン - 2005年03月10日(木)

ちょっと思いました。
こっちで普通に使っているお金の単位には、「2」というのがあります。
つまり、円は、1,5の10倍数だけど、スイスフランもユーロも、1,2,5の十倍数なんですね。
この「2」の位があるというのは便利なような、不便なような。
支払いの時に組み合わせ方が増えるので、財布の中の小銭を数えるのが面倒な時には、つい大きなもので支払って、いつか小銭が増えてしまう。
でも、ワンコインで済んでしまうこともあるから、それは便利。

で、なんだかいつも2フランと20セント硬貨がよく溜まります。
うかうかしていると、そっちに気がとられて、10セントとか5セントが増えます。
時々、在庫一掃のようにして、こんな細かいのを放出したりします(笑)

思い出したのは、市内中心で何回か見かけた青年です。
トラムに乗っていると、ひょいと乗りこんできて「Zwei Franken, bitte」(2フラン恵んでください)とみんなに言って回る彼は、松葉杖をついているんですが。
一駅くらいで降りて行くので、多分無賃乗車なのかもしれません。
2フランって、喜捨には手頃な値段で、しかもワンコイン。
おねだりしやすいのかもしれませんね。

ちなみに、わたし、あげたことありません(^^;
彼がまっとうな理由でそうしているとは思えなくて。


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最後の英語のレッスン - 2005年03月09日(水)

水曜日なので一旦帰宅してから英語のクラスに出かけた。
で、どうも今日で最後みたい。
そういえば、去年に次は三月までと言っていたのを思い出した。
来週から水曜日の夜が開いてしまった。
嬉しいけれど、英語の勉強も続けた方がいいだろうし、複雑な気持がする。
新しい上司に、他のクラスでも続けられないか訊いてみようか。

もうひとつには、水曜日は夜に出かけないといけないので、禁酒がしやすかったけれど、それがなくなってしまうという問題がある。
全くの意志で止めないといけないということ。
んー、頑張って止めないといけないな。


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娘の先生と - 2005年03月08日(火)

夕方、学校で先生とのカンファレンス。
今回も、Lerning Skill という科目で呼び出し。
予約した時間の面接を待っていたら、今度娘の英語クラスが上がって、その先生が声を掛けてきた。
授業中、積極的に自分を表現しないなど、これまで何度となく繰り返されてきたことを聞く。とても内向的な子なので、ゆっくり時間をかけてサポートして欲しいと伝えた。
その後の、呼び出しの件は、娘は力量はあるだろうに、いつも最低限のことしかしない、とのこと。
積極的な参加はもちろん、もっと聞き、書くように、ということ。
ここでも、娘の性格の側面を説明し、サポートをお願いした。
先生から、どうして彼女はみんなに参加したり、質問したりしないんだろう、と、いつも訊かれるけれど、それが娘の性格なのだ、としか答えようがない。

環境の変化で苦労しているとは理解されているけれど、一般的には開放的で、積極的な子供たちとは違う、うちの娘は、ちょっと問題児なのかも。

朝、また雪。
夕方、雨が降っていた。


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いつもの日々に - 2005年03月07日(月)

また少し雪が積もっていた。
今年は本当に雪が多い。

義姉と姪は今朝からパリに出かけた。帰りは木曜日の早朝。
彼女達は、一旦戻って来てから土曜日には再びドレスデンへと旅立つ。

しばらく、いつもの日々に戻る。
夕方、娘がプールで泳ぎたいと、早々に夕食を食べて奥さんともども出ていった。
先週から髭は剃っていたけれど、土曜日の昼間以来に髭抜きをした。

夜は久しぶりに男物のパジャマを着ている。
結局、姪の前でも部屋着ワンピになってしまったのだけれど、この土曜日には知り合いの家族が泊りにくるので、それまではパジャマにする。
なんだか違和感(笑)


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アルザス - 2005年03月06日(日)

今日も朝から雪。
積もったら嫌だな、と思いつつもアルザスまで出かけた。
義姉と姪に、アルザスの木組みの家の街並みは、ハウルの動く城の帽子屋さんの町のようだと話したところ、ぜひ見てみたいという。
ついでにコウノトリも見に行こうということになった。

まずはリヴォヴィレ。雪の残った石畳の街並みが美しい。
日曜日の午前中の路地は、人通りは多くないけれど、誰かとお昼を一緒に過ごすのであろうケーキの箱を抱えた人や、橇を抱えた子供連れや、犬を連れた人や、観光シーズンとはちょっと違った雰囲気が、冬の冷たい空気を和らげる。

次にコウノトリの公園を目指したけれど冬は休園。
それでも近くの家の屋根に営巣中に番いを発見して、姪は感動して写真を撮っていた。初コウノトリ体験とのこと。

リクヴィルにも寄ってみる。
ここも観光シーズンと打って変わって静か。雪の中の街は絵画の世界のようだ。

コルマーまで行って、プチベニスと呼ばれる地区のロマンティックホテルのレストラン昼食をとった。小さな掘割沿いのクラシックなホテル自体が絵のように美しい。
料理の味も盛り付けも、とても上品。これまで行ったことのあるアルザスのレストランはどちらかというと田舎風で質実剛健(でも味は美味しい)だったけれど、ここは高級レストランといった風情。ワインも自分で注がないで、かならずウェイターが注いでくれるのだった。
そのかわり、料理があまりにもゆっくりとサービスされるので、昼食に2時間もかかってしまった。

夕方に帰宅。


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無駄ともいえなかったかな - 2005年03月05日(土)

昨夜遅くに奥さんから電話。
夕方に電話があったスミュール・アン・オーソワでホテルに泊まったらしい。
夜から雪になったらしく、石畳の道を明日の朝運転するのに、滑るだろうかしら、と。
滑るだろうから、車がへこんでもいいから、人には当たらないように、というしかない。

今日は朝食後、姪と一緒に近くのマーケットに買い物に出る。
朝から、ここも雪が降っている。
ワインとビールも買っきたので、有難いお供であった。

その後、彼女は美術館に出かけたので、わたしはゆっくりと脱毛などをする。
その合間で、XPをインストールしてみた。
そうしたら、無線LANは繋がらなくなるし、アンチヴァイラスは起動しない。
なんとかLANは繋がったものの、アンチヴァイラスは削除も再インストールもできない。
悪戦苦闘の挙句に、XPをアンインストールしてしまった。

その後、アンチヴァイラスをインストール。
今度は、まずアンチヴァイラスを削除してから、XPをインストールしたほうがいいみたい。
なんだか無駄な一日の気分。

夕食には、娘と一緒に料理をした。
楽しい。
まぁ、これで無駄な一日ではなかったわけだ。


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留守番 - 2005年03月04日(金)

奥さんと義姉は、今日の朝からブルゴーニュに出かけた。
今晩は泊ってくるとのこと。
姪は、最初の予定では一緒に行くことになっていたけれど、こっちの研究機関の人と会える約束ができたので残った。
学校のあった娘も一緒にいる。
へんな留守番のメンバーではある。
昨日のうちにシチューを仕込んでいってくれたのと、昨夜の残り物で夕食は済んだ。

夕方、会社帰りに駅に寄って、今度イースター前のハンガリー旅行のチケットを手配した。
ウィーンでその前に他を旅行する義姉たちと待ち合わせる予定になっている。
そういった変則的な旅行条件で、一番安い割引チケットが買えないことが判明した。
窓口の女性は、それでも一番安くあがるチケットを手配してくれた。
詳しく書くとややこしいけれど。

明日は姪は一人で美術館巡りなどをするとのこと。
毎週の脱毛などは、気兼ねなくできそうだ。
昨夜はワンピに着替えてから、寝室の隣のバスルームが使用中だったため、姪たちのいる居間を通って、もうひとつのバスルームに行った。
そのまま帰りに、少し話をしたりする。
まぁ、いいか。


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Personl Project - 2005年03月03日(木)

帰宅してから、そそくさとシャワー。
髪を洗ってからドライヤーをしたのは、夕方から出かけないといけなかったから。
学校で、Personl Project という学科の説明があった。
娘の次のグレードの必須科目。
どんな科目かというと、今年の5月にテーマを決めて、9ヶ月間のプランをたてて、結果を出すというもの。
テーマは、自分の興味のあるもの、例えば、作曲、デザイン、計画などなど。
コースの目的は、目標を立て、計画し、進捗を管理し、目標に到達するということ。で、最後にはプレゼンテーションもある。
それを、自分で考えてしないといけない。
教師はサポートをするけれど、活動には直接には介入しない。

ヨーロッパって、こういう教育をやっているんだなぁ。
具体的に社会に参加できる能力は、こういうところからついてくるのだろう。

実は、面倒だから今日のイベントはパスしようと思っていた。
そうしたら、娘が、これは行ったほうがいいから行く、と言うのだった。
ちゃんと自分のことを考えている。
えらいな、娘。


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二日酔い - 2005年03月02日(水)

昨夜は浮かれてしまって、ついつい深酒をしてしまった。
おまけに目覚ましを掛け忘れてしまい、気づいたら7時を過ぎていた。
普段なら目覚ましなしでも、もっと早く目覚めるのだけれど。
少し二日酔いで頭がぼんやりしていた。
特に遅刻とかいうわけでもないのだけれど、朝食もとらずに出勤して、会社内のキオスクでチーズを挟んだ小さなパンを買った。
昨日の残りの菜飯に少し未練。

義姉と姪は、しばらく滞在する。
ワンピを着たり、髭抜きをしたりの行動が制限されるのは仕方がない。
とはいえ、来客は楽しい。


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来客 - 2005年03月01日(火)

夕方早く帰宅する。
まずはシャワー、髪を洗ってしまう。

夕食の準備。
菜の花は塩茹でして、菜飯用には細かく刻み、残りは煮びたしにする。
フェンネルの大きい株は輪切りにして、オリーブオイル、塩、胡椒、チーズを散らしてグラタンにする。
小さな株は薄く削いで、マッシュルームと一緒にスープに。
骨のついた豚肉は、オリーブオイルにニンニクで香りを出して、ソテーにする。
娘が、ルッコラとハムのサラダを作ってくれた。

なんだか、すごい量になってしまった。
お客さんがくると、つい力がはいってしまうのか。
それよりも、いつもの量の目算ができないんだよね。
作りすぎてしまう。

でも、美味しいと言いながら食べてもらえるのが嬉しいのだった。